2022年6月10日公開の「Janhit Mein Jaari(公共の利益のために発表)」は、コンドーム販売員になった女性の物語である。「Padman」(2018年/邦題:パッドマン 5億人の女性を救った男)は、生理用品に興味を持った男性の話だったが、それと対照的だ。
監督はジャイ・バサントゥー・スィン。今までTVドラマを作ってきた監督であり、映画の撮影は初となる。主演はヌスラト・バルチャー。ヴィディヤー・バーラン、カンガナー・ラーナーウトに続き、映画を背負って立てる女優の有力候補だ。
他に、ヴィジャイ・ラーズ、ティーヌー・アーナンド、アヌド・スィン・ダーカー、ブリジェーンドラ・カーラー、パリトーシュ・トリパーティーなどが出演している。
舞台はマディヤ・プラデーシュ州チャンデーリー。マノーカームナー・トリパーティー、通称マヌ(ヌスラト・バルチャー)は、文学修士号を取った後、親から結婚をさせられないために就職先を探していた。マヌの弁論術を買ったのが、コンドーム製造会社「リトル・アンブレラ」を経営するアーダルニーヤ(ブリジェーンドラ・カーラー)であった。マヌは、リトル・アンブレラを傘製造会社だと勘違いして就職し、喜び勇んで家族に就職を報告する。 マヌは、会社が実はコンドームを売る仕事だと知って驚くが、気を取り直し、コンドームの営業活動を始める。最初は女性のコンドーム販売員ということで奇異の目で見られるが、半額セールなどのキャンペーンを仕掛け、売り上げを伸ばす。とうとう両親にも仕事の内容が知られてしまうが、稼いでいたので認めざるを得なかった。 マヌを片思いするデーヴィー(パリトーシュ・トリパーティー)という男性がおり、彼女がコンドーム販売員になったことを知ると、彼もリトル・アンブレラ社に就職して一緒にコンドームを売り歩くようになる。だが、マヌは劇団員のランジャン(アヌド・スィン・ダーカー)と出会って恋に落ち、結婚してしまう。マヌの仕事は伏せられていた。 ランジャンの父親ケーワル・プラジャーパティ(ヴィジャイ・ラーズ)は厳格な人物で、政界入りを画策していた。当初はマヌが仕事をすることを認めなかったが、ランジャンが無職に近かったため、彼が就職するまでマヌの仕事を認める。マヌは給料で自動車を買ったりしたため、プラジャーパティ家の人々は大喜びする。 だが、ケーワルにもマヌの仕事内容がばれてしまう。ケーワルは激怒するが、マヌはコンドーム販売員の仕事を辞め、プラスチック容器の販売員に転職する。だが、避妊をしなかったために望まぬ妊娠をし、中絶手術の際に命を落とす女性がインドには多くいることを知って、やはりコンドームの仕事に生き甲斐を見出す。マヌはコンドーム販売の仕事に戻る。ケーワルは、ランジャンとマヌを離婚させようとする。裁判所からは6ヶ月の猶予期間が与えられた。 マヌは以前にも増してコンドームの啓蒙に努めるようになり、TVにも取り上げられるようになった。折しも選挙が行われ、ケーワルは当選するが、マヌの知名度が彼の当選の大きな要因になった。ケーワルはそれを聞いて怒るが、娘が母胎に危険があるのにもかかわらず避妊をしない性交によって妊娠してしまったことを知り、コンドームの大切さを知る。そしてマヌを受け入れる。
教育上の価値が高く、学校教育や社会教育に広く利用されるに適した映画が文部科学省推薦映画に選定されるが、「Janhit Mein Jaari」はコンドームの啓発を目的とした教育映画であり、文部科学省から推薦されてもおかしくない内容だった。ラストでは、主人公のマヌを演じるヌスラト・バルチャーが急にスクリーンごしに観客目線になり、コンドームに対する偏見を捨てるように呼び掛けるが、この辺りは完全に教育映画のノリであった。
だが、決してつまらない映画ではなかった。説教臭さは否めず、ストーリーも定型通りだったが、それでも十分に面白い内容だった。やはり、女性がコンドームを売ることになるという導入部が効いていた。
コンドームはもっとも一般的な避妊の手段であるが、インドではコンドームはまだまだ普及しておらず、避妊をしないセックスが、人口増やその他の社会問題の原因になっている。インドではコンドームは薬局で売られているが、日本と違って店主に商品名を言って購入するシステムになっており、「コンドーム」と口に出して言いにくいインド社会の中ではコンドームの購入は憚られてしまう。また、インドで売られているコンドームは「快楽」を前面に押し出しており、「避妊」という本来の効果が蔑ろにされている。その辺りの問題も「Janhit Mein Jaari」では取り上げられていた。
主人公のマヌは、誤ってコンドーム製造会社に就職し、コンドームを販売することになってしまうが、やがてコンドーム普及の意義を悟り、特に女性の間にコンドームの使用を啓蒙する役割を進んで担うようになる。
ただし、彼女が訴えていたのは、女性が主導権を握って避妊をコントロールすべきというもので、おそらく欧米諸国や日本の観客から見ると一段階遅れたものに映るだろう。インドでは男性が進んで避妊をすることは期待できないとされており、望まぬ妊娠により肉体的、精神的に傷つく女性の方が、子作りを目的としないセックスの際には自衛のためにも、必ず避妊をするようにパートナーに求めることが必須だというメッセージが発信されていた。つまり、「Janhit Mein Jaari」のメインターゲットは女性であった。
どうしてもコンドームに関する事柄がもっともインパクトがあるのだが、他にもこの映画はインド社会の問題をいくつか取り上げていた。例えば、マヌの嫁ぎ先であるプラジャーパティ家は保守的な家族で、女性が外に出て働くことが許されていなかった。だが、その癖してプラジャーパティ家の男性たちはほとんど働いていなかった。マヌの結婚相手ランジャンも収入が不安定な役者であった。おかげでマヌは稼ぎ頭として結婚後も働くことを許されたのだが、普通だったら彼女が働くことは不可能だった。女性は外で働かないという価値観を死守している保守的な人々はまだインドには多い。
最近の映画では珍しいのだが、プラジャーパティ家の主であるケーワルは家父長的な存在であり、息子たちは父親に決して逆らえなかった。ランジャンはマヌと恋愛結婚できそうになかったため、お見合い結婚を仕組んで彼女と結婚する。だが、マヌがコンドーム販売員であることを父親に明かすことができなかった。そうこうしている内にマヌの仕事がばれてしまい、大きなトラブルになる。その後もランジャンは、父親からマヌと離婚しろと言われればそれに従う。ランジャンにとって、マヌよりも父親の言うことの方が優先だった。マヌもそんなランジャンを情けなく感じる。ただし、最後にはランジャンは父親に反抗し、マヌとの離婚を拒絶する。
主演はヌスラト・バルチャー一人とみなしていいだろう。ランジャンを演じたアヌド・スィン・ダーカーとデーヴィーを演じたパリトーシュ・トリパーティーは添え物に過ぎなかった。ランジャンは父親に逆らえない臆病者だったし、デーヴィーは片思いのマヌに思いを打ち明けられない負け犬だった。ヌスラト演じるマヌのみがこの映画の中で勇敢に行動しており、女優がヒーローの映画だった。そして、安定した演技力を持つヌスラトは、その大役を見事にこなしていた。
舞台になっていたのはチャンデーリーで、実際に当地でロケが行われていた。チャンデーリーはマディヤ・プラデーシュ州の小都市で、市中に多数の歴史的遺構が残る、知る人ぞ知る秘境である。ヒットしたホラー映画「Stree」(2018年)でも舞台になっており、ここのところ映画のロケ地として注目を集めているようだ。ちょうどいいくらいの大きさの町に加えて、ユニークな遺跡が残っており、ロケ地として魅力的なのかもしれない。映画製作を後援したマディヤ・プラデーシュ州観光局がイチオシしているのだろう。
「Janhit Mein Jaari」は、コンドームの普及と使用の啓発を訴える教育映画色の強い作品である。主演のヌスラト・バルチャーが一人で映画を背負っており、それは成功していた。興行的には振るわなかったようだが、映画によって社会をより良くしようという真剣な意気込みは感じられたし、ストーリーも決してつまらないものではなかった。観て損はない映画である。