スポーツ映画は既にヒンディー語映画界で完全に確立したジャンルであり、インドの国民的スポーツであるクリケット以外にも様々なスポーツが映画の題材になってきた。だが、ビリヤードの映画はこれが初めてかもしれない。2022年5月21日にテレビ放映され、同年5月23日からNetflixで配信開始されたヒンディー語映画「Toolsidas Junior」は、ヒンディー語映画では珍しいビリヤード映画である。
プロデューサーはアーシュトーシュ・ゴーワーリカル、監督はムリドゥル・マヘーンドラ。キャストは、サンジャイ・ダット、ラージーヴ・カプール、ダリープ・ターヒル、ヴァルン・ブッダデーヴ、タスヴィール・カーミル、サーラー・アルジュンなど。ラージーヴ・カプールはラージ・カプールの三男で、この映画によって30年振りに銀幕にカムバックした。だが、撮影終了直後の2021年2月9日に亡くなっており、この作品が彼の遺作にもなった。ヴァルン・ブッダデーヴとサーラー・アルジュンは子役であるが、サーラーの方が有名な子役俳優である。「Deiva Thirumagal」(2011年/邦題:神様がくれた娘)や「Ajeeb Daastaans」(2021年)など、まだティーネイジャーながら、既に数多くの映画に出演している。
実は、「Toolsidas Junior」は監督自身の若い頃を綴った自伝的な映画で、主人公のミディーは、ムリドゥル・マヘーンドラ監督自身である。実話に基づく映画とされている。
時は1994年、場所はカルカッタ。トゥルスィーダース(ラージーヴ・カプール)は凄腕のビリヤード選手だったが、酒に弱く、いつも決勝戦の途中で酔っ払ってしまい、チャンピオンのジミー・タンダン(ダリープ・ターヒル)に負けていた。妻はトゥルスィーダースのアル中振りにほとほと困り果てていた。だが、次男のミディーは父親がビリヤードをするのを観るのが好きだった。長男のゴーティーは賭け事に目がなかった。 ゴーティーはミディーにクリケットやテニスを習わそうとするが、才能が感じられなかった。ミディーは父親と同じくビリヤードをしようと思い、両親に内緒で、元全国チャンピオンのムハンマド・サラーム(サンジャイ・ダット)からビリヤードを習い始める。ミディーはメキメキと腕を伸ばす。 1995年、カルカッタでビリヤードの大会が開催され、ミディーは特別に出場を許される。そこでミディーは次々に勝ち上がる。準決勝戦では父親と対戦する。父親はわざと負け、それに対しミディーは怒るが、父親は約束通り、ミディーに負けたことで禁酒すると宣言する。それを聞いて母親も喜ぶ。 決勝戦の対戦相手はジミーだった。師匠のサラームも観戦に訪れた。ミディーは優位に試合を進めるが、休憩時間にジミーに指をひねられ、脅されたことで、調子を崩す。しかし、サラームの教えを忠実に守ったミディーは復調し、ジミーを打ち負かして優勝する。
キャストを見ると、サンジャイ・ダットやラージーヴ・カプールなど、かなり話題性のある顔ぶれが揃っている。悪役のダリープ・ターヒルも、スマートかつ嫌らしい演技をしていて光っていた。主人公の子役俳優ヴァルン・ブッダデーヴも素晴らしかった。しかしながら、映画全体は不思議なペースで進む。映画というよりもドラマに近いノリで、メリハリがないのである。ビリヤードがテーマということで、おそらくかなり低予算で作られた映画に違いない。時々、映画らしからぬスケールの小ささを感じた。
また、ドラマのノリながら、上映時間自体は映画並みであるため、人間関係がよく整理されていなかったように感じた。ミディーの兄ゴーティーのキャラ作りに失敗していたし、トゥルスィーダースが途中からほとんど存在感をなくしてしまうことも大きな疑問だった。サラームの過去についても、時間があれば映像と共に語って欲しかったところである。元々、ドラマのために作られた脚本を、無理矢理短縮して映画にしてしまったように感じた。
そのような幾多の欠点がありながらも、父子の絆がとても心温まる映画であり、それがビリヤードを介して形になっていく様を追うのは楽しい体験だ。子供が大人を次々に打ち負かすというストーリーも爽快である。アンバランスながらも最後はうまくまとめた映画という印象だった。
サラームがビリヤードの極意をミディーに教える教え方も面白かった。彼は、ボールの打ち方を、アミターブ・バッチャン型、ラジニーカーント型、ミトゥン・チャクラボルティー型の3つに分け、それぞれの効果的な使い方を分かりやすく教えていた。ただ、試合の前に一眠りするという必勝法は、一体どんな効果があるのか、見えにくかった。
舞台はカルカッタだったが、言語は主にヒンディー語だった。時々、地元言語であるベンガル語の台詞が聞こえてきたが、ほとんどの登場人物は普通にヒンディー語を話していた。
「Toolsidas Junior」は、ビリヤードを題材にした父と子の絆の物語である。監督自身の自伝的映画でもある。キャストは豪華、演技もいいが、テレビドラマ的な作りになっており、違和感も感じる。ラージーヴ・カプールの遺作という点も特筆すべきだ。欠点がないわけではないが、最終的には何とか心温まる映画にまとまっている。