インド映画界には俗に「キャラクター俳優」と呼ばれる俳優たちがいるが、彼らは日本でいうところの脇役俳優のようなものだ。コメディアンが多いが、悪役、親友、隣人、母親など、主人公の周辺を彩る様々な脇役を演じ、映画を盛り上げる。個性的な容貌をしていることが大半で、インド映画を何本か見ているとすぐに顔を覚えるものだ。
2018年10月5日に釜山国際映画祭でプレミア上映され、インドでは2020年3月6日に公開された「Kaamyaab」は、そんなキャラクター俳優にスポットライトを当てた作品である。ヒンディー語映画界を代表するキャラクター俳優であるサンジャイ・ミシュラーが主演を務めており、彼自身の生き様も重なって見えてくる構造になっている。
他に、ディーパク・ドーブリヤール、イーシャー・タルワール、サリカー・スィン、アヴィタール・ギル、マンマウジー、グッディー・マールティ、アニル・ナーグラト、ビールバル、リリプット、シェヘザード・カーン、ヴィカース・ヴァルマーなどが出演している。キャストの大半は、かつて一世を風靡したキャラクター俳優たちである。監督はほぼ新人のハールディク・メヘター。
また、題名は「成功」という意味である。副題として「Har Kisse Ke Hisse」とあるが、これは「あらゆる物語の一部」という意味で、キャラクター俳優なしにはインド映画は成り立たないことを示している。
既に引退した元キャラクター俳優スディール(サンジャイ・ミシュラー)は、自分の出演作の本数が499本であることを知り、500本の大台に乗せようと思い立って現役復帰を画策する。知り合いのキャスティングディレクター、グラーティー(ディーパク・ドーブリヤール)に頼み、スーパースター、ラーフル・チョープラー(ヴィカース・ヴァルマー)主演の大予算型時代劇への出演が決まる。ところが撮影初日に台詞が覚えられないという失態を犯し降板する。また、その日は誕生日で、孫娘のアヌが誕生日パーティーを開いてくれていたが、失意のスディールは飲んだくれてしまい、パーティーに現れなかった。おかげで娘のバーヴナー(サリカー・スィン)からは愛想を尽かされてしまう。 スディールは、その失態を返上しようと、後日、孫娘の通う学校の文化祭に駆けつける。主賓はラーフル・チョープラーだったが、彼の到着が遅れていた。学校長の頼みでスディールは一人芝居を演じ観客から喝采を浴びる。だが、ラーフルの到着により、観客の注目はそちらへ向かった。
キャラクター俳優の光と影がしんみりと描かれた作品だった。主人公のスディールは、今まで499本もの映画に出演しているキャラクター俳優だったが、既に引退しており、若者の中には彼のことを知らない人も増えていた。娘のバーヴナーも、スディールのことは誰も覚えていないと言って、父親の現役復帰に反対する。
だが、一方で、熱心な映画ファンは、スディールのようなキャラクター俳優のこともよく覚えていた。若者であっても、昔の映画が好きな人や、映画業界で働く人は、スディールのことをよく知っており、彼が演じた小さな役や台詞まで暗記していた。
ラストのシーンはとても意味深だ。スーパースターのラーフル・チョープラーが主賓となっている学校文化祭において、彼の到着まで間を持たせるために、スディールはステージに突然現れて一人芝居を演じる。なかなか開会式が始まらないことにイラついていた観客たちも、スディールの熱演に喝采を送る。そして彼の名台詞を一斉に口にする。スディールは、今でも人々に愛されていることが証明されたシーンだった。しかし、ラーフルが到着した途端、スポットライトはそちらに移ってしまう。スディールのことを最後まで見ていたのは、彼の娘、娘婿、そして孫娘のみだった。
キャラクター俳優は所詮キャラクター俳優だ、という解釈もできるだろうが、敢えて別の方向に解釈したい。キャラクター俳優の役割は主役を引き立たせることであり、現実世界でもスディールは、遅刻している主賓の前座となって引き立て役になった。スディールはプロのキャラクター俳優として自分の役割を全うしたのであり、それは彼にとっても誇らしいことだったに違いない。キャラクター俳優にはキャラクター俳優の美学があり、普段はそれが表に出ることはほとんどないが、この「Kaamyaab」が、そんな縁の下の力持ちの生き様を映画の中心に持ち出してくれた。題名が「成功」を意味することからも、スディールが見せた一人芝居をポジティブに捉えるべきだと感じる。
エンドロールでは、歴代のキャラクター俳優たちの顔写真が次々に映し出される。ジョニー・ウォーカー、マック・モーハン、ラザーク・カーンなど、比較的有名なキャラクター俳優たちもいるが、大半はかなりマニアックな顔ぶれである。しかも、彼らの本名も一緒に表示される。その結果、「Kaamyaab」は、ヒンディー語映画界をこれまで彩ってきたキャラクター俳優たちのオマージュに仕上がっている。
主演のサンジャイ・ミシュラーは、普段は変なおじさん役を演じることが多い正真正銘のキャラクター俳優だが、おそらくヒンディー語映画界でトップクラスの演技力を持つ実力派俳優であり、今回は主演としてそれが遺憾なく発揮されていた。ディーパク・ドーブリヤールは彼よりも1~2世代若いキャラクター俳優だが、やはりサンジャイ・ミシュラーに負けず劣らず個性的な演技ができる人材だ。
「Kaamyaab」は、ヒンディー語映画界で普段はスポットライトを浴びることが少ないキャラクター俳優たちの焦点を当てた、ユニークな着眼点の映画である。脇役を演じることの多いサンジャイ・ミシュラーが主演で、自身の分身のようなスディール役を自然体で演じる。ヒンディー語映画のマニアほど刺さる映画である。