「Michael」は、2011年9月15日にトロント国際映画祭などで上映されたものの、インドで未公開のヒンディー語映画である。Netflixで配信されている。
監督はリブ・ダースグプター。主演はナスィールッディーン・シャー。他に、マーヒー・ギル、サビヤサーチー・チャクラバルティー、イラーワティー・ハルシェーなどが出演している。
舞台はコルカタ。共産党政権末期の頃、街では野党による大規模な政治集会が開かれていた。警備に当たっていた警察官マイケル(ナスィールッディーン・シャー)は、上からの命令を受け、一発だけ銃を発砲する。不幸なことにその弾は12歳の少年に当たり、死んでしまう。マイケルは罷免となり、年金ももらえなかった。金に困ったマイケルは映写技師で生計を立て、映画のコピーをマフィアに売って小遣い稼ぎをしていた。 マイケルのところには、死んだ12歳の少年の父親から脅しの電話が入るようになっていた。マイケルの息子ロイが12歳になったら殺すという内容だった。ロイはもうすぐ12歳の誕生日を迎えようとしていた。マイケルは安全のためにロイを全寮制の学校に送ろうとし、金を貯める。だが、大家のデコスタ(サビヤサーチー・チャクラバルティー)には6ヶ月分の家賃を滞納していた。マイケルが必死に貯めた金がタンスから盗まれると、マイケルはデコスタを疑った。彼はギャングから銃を借り受け、デコスタを撃ち殺してしまう。だが、実は金を盗んだのはデコスタの妻(イラーワティー・ハルシェー)であった。 ロイがいなかったため、マイケルは友人のリティカー(マーヒー・ギル)の家に行く。だが、留守だった。マイケルは途方に暮れるが、そこに電話が掛かってくる。マイケルはロイが殺されようとしているのを知り激怒するが、警察から発砲を受けたため、応戦する。そこへタクシーがやって来てマイケルはひき殺されてしまう。
誤って12歳の少年を殺してしまい、警察官を罷免となった初老の男性マイケルの物語だった。マイケルには2つの恐怖があった。ひとつは、網膜変性を伴う進行性近視を患っていたことである。彼は間もなく失明すると診断されており、次第に視界が閉ざされていくことに恐怖を抱いていた。もうひとつは過去のトラウマである。彼が殺した少年の父親から脅迫の電話が掛かってきており、自分の息子ロイが12歳になったときに復讐のために殺されるかもしれないと思い込んでいた。
ただ、映画の中でマイケルは失明しない。また、脅迫の電話もマイケルの幻聴だということが分かる。職を失い、社会の底辺でもがきながら生きるマイケルの崩壊しつつある精神がこの映画の中心を占めていた。映画を最後まで観ると、結局どこまでが彼の幻覚・幻聴で、どこまでが現実なのか、分からなくなる。彼の息子ロイや友人リティカーすら、実在しないのではないかと思われてくる。どのように解釈するかは、観客に委ねられているといっていいだろう。
映画の冒頭ではトリナムール会議派(TMC)のマムター・バナルジー党首への謝意が示されていた。コルカタの位置する西ベンガル州は左翼政党が強く、30年以上に渡って左翼政権が維持されてきた。だが、その長い左翼政権時代にコルカタや西ベンガル州の発展は遅れ、不満が渦巻くようになっていった。マムター・バナルジー率いるトリナムール会議派は2011年の州議会選挙で圧勝し、政権を取った。その選挙前にコルカタで行われた政治集会が、マイケルのトラウマのきっかけとなっていた。
インド映画の冒頭では、海賊版など、著作権の侵害に対する警告などが表示されるものだが、「Michael」の中では公開されたばかりの映画の海賊版がどのように市場に出回るのか、その過程を少しだけ見せていたのも興味深かった。やはり映写技師など、映画館内部の人間がマフィアと結託し、映画のコピーを作っているようである。
ナスィールッディーン・シャーはヒンディー語映画界を代表するベテラン俳優であり、彼の主演作である「Michael」は、彼の演技を存分に堪能できる作品になっていた。マーヒー・ギルやサビヤサーチー・チャクラバルティーもいい俳優だが、ピンポイントでの起用だった。
「Michael」は、過去のトラウマに悩まされる元警察官の崩壊しつつある精神を追ったサイコスリラー映画である。主演ナスィールッディーン・シャーの演技を堪能できるのが一番のアピールポイントだ。映画全体の雰囲気はとても暗く、スローテンポである。