2018年10月12日公開の「Jalebi」は、著名なスターの出演はないものの、しっとりとした大人向けのロマンス映画である。ベンガル語映画「Praktan」(2016年)のリメイクである。マヘーシュ・バットとムケーシュ・バットがプロデュースしている。
監督は新人のプシュプディープ・バールドワージ。主演はリヤー・チャクラボルティー。他に、新人ヴァルン・ミトラー、新人ディーガンガナー・スーリヤヴァンシー、プラヴィーナー・デーシュパーンデー、マヘーシュ・タークル、ファリーダー・ダーディー、ユースフ・フサイン、歌手アルジュン・カーヌーンゴーなどが出演している。
題名の「Jalebi」とは、インドのストリートフードのひとつで、甘い菓子である。映画の中でもジャレービーを食べるシーンが何回か出て来る。この言葉は同時に、主人公アーイシャーのあだ名になっていた。
ムンバイーからデリーに向かう列車に乗った作家アーイシャー(リヤー・チャクラボルティー)は、子連れの女性と同じコンパートメントになる。女性の名前はアヌ(ディーガンガナー・スーリヤヴァンシー)、子供の名前はプルティーといった。話している内に、アヌはアーイシャーの元夫デーヴ(ヴァルン・ミトラー)の妻であることが分かり、アーイシャーはショックを受ける。アーイシャーはまだデーヴを愛しており、彼との離婚を受け入れられていなかった。 アーイシャーはムンバイー在住だったが、デリーについての本を書くため、オールドデリーを訪れていた。そこで出会ったのが、オールドデリーの「ネータージーの邸宅」に住み、ウォーキングツアーのガイドをするデーヴであった。アーイシャーはデーヴと恋に落ち、彼と結婚する。だが、開放的なアーイシャーは、保守的な姑カムラー(プラヴィーナー・デーシュパーンデー)と馬が合わず、窮屈さを感じるようになる。アーイシャーは妊娠し、ディシャーという子供の名前を考えるが、流産してしまう。この流産がきっかけでアーイシャーとカムラーの不仲は表面化し、アーイシャーは実家に帰ってしまう。デーヴとアーイシャーはカシュミール地方へ旅行し関係を改善しようとするが、デーヴは現れなかった。デーヴとアーイシャーは離婚することになった。 列車での移動中、アヌは誕生日を迎える。そこへサプライズでデーヴが現れる。デーヴはアーイシャーを見て驚くが、二人は他人であるかのように振る舞う。だが、アヌはアーイシャーがデーヴの元妻であることに気付いていた。列車がデリーに着き、アヌはアーイシャーに感謝の言葉を述べる。デーヴはアーイシャーに、彼女の才能を無駄にしないために離婚したと説明する。アーイシャーは清々しい気持ちで列車を後にする。
映画は、ムンバイーからデリーに向かう夜行列車の中で進行する。インド鉄道の夜行列車には複数の等級があるが、彼らが利用していたのは1コンパートメントに4つの座席がある、AC1等だと思われる。4人グループで旅行しない限り、誰かと同室になる。たまたま同じコンパートメントになった人との出会いは、インド鉄道旅行の醍醐味である。また、同じコーチ(車両)の別のコンパートメントには、イスラーム教徒老夫婦、著名な歌手アルジュンとその仲間、スィク教徒の新婚夫婦などがおり、物語を側面から支えていた。
物語の起点となるのは、単身のアーイシャーが、元夫デーヴの妻と子と同室になることから始まる。離婚の傷が癒えていないアーイシャーは、それに気付くと、デーヴとの思い出が頻繁にフラッシュバックしてくるようになる。この回想シーンをつなぎ合わせることで、観客はアーイシャーとデーヴの間に何があったのかを知ることができる構造になっていた。途中からはデーヴもサプライズで列車に乗り込んできたため、物語はさらにスパイシーになっていく。
ただ、意外なほどに極端な展開を抑えた作りになっていた。通常ならば、元妻と現妻の間で非難の応酬や醜いキャットファイトがあってもおかしくないところだが、「Jalebi」ではむしろ現妻が元妻に感謝をし、元妻も元夫との過去を清算する結末になっていた。原作のベンガル語映画の影響であろうが、とても上品な仕上がりだと感じた。
デーヴの職業も興味深いものだった。彼はオールドデリーなどでウォーキングツアーのガイドをしていた。実際にデリーでは見所を歩いて巡るツアーが人気で、地元民から外国人観光客まで、結構な数の応募者があるようである。しかもデーヴは、オールドデリーの古い邸宅に住んでおり、ツアー客をそこに招待して食事を振る舞っていた。デーヴとアーイシャーの出会いが回想される序盤は、オールデリーで実際にロケが行われていると思われ、迷路のような路地で構成されるオールドデリーのリアルな風景を楽しむことができる。
演技については物足りなさを感じた。監督が新人であるし、主要キャラにも新人が抜擢されているが、一番演技に難を感じたのは主演のリヤー・チャクラボルティーだ。ムンバイー生まれのモダンな女性を演じていたのはいいのだが、演技に魂がこもっていなかった。デーヴを演じたヴァルン・ミトラーからもスター性は感じなかった。アヌ役のディーガンガナー・スーリヤヴァンシーがもっとも将来性がありそうだった。
アルジュン役で出演していたアルジュン・カーヌーンゴーは、歌手や俳優を務める多才な人物である。彼が「Tum Se」という曲を歌い出すシーンもある。だが、なぜか歌手は彼ではなく、プレイバックシンガーのジュビン・ナウティヤールが歌っている。
「Jalebi」は、マヘーシュ・バットがプロデュースの大人のロマンス映画である。バット映画に特有のB級映画感が抜けていないが、原作のベンガル語映画の影響なのか、しっとりとした大人のロマンス映画になっていた。列車の旅を登場人物と共に楽しめるのも魅力である。