2021年3月28日から、Amazon Prime Videoなど複数のOTTプラットフォームで配信開始された「Ghar Pe Bataao」は、インド初のワンショット長編映画とされている。上映時間は1時間12分と比較的短い映画だが、全編がカットなしのワンショットで撮影されている。
監督はネーシュー・シャルージャー。今まで短編映画などは撮ってきているが、長編映画の撮影は今回が初である。主演はサウラブ・ゴーヤルとプリヤンカー・ソーナーワーネー・ヘーダウー。サウラブはTVドラマ俳優であり、プリヤンカーはほぼ無名の女優だ。この二人が、マハーラーシュトラ州の避暑地マーテーラーンの遊歩道を、会話をしながら散歩する様子を延々と追った作品である。
題名の「Ghar Pe Bataao」とは「家に言って」という意味。登場人物に名前が付けられていないが、便宜的にサウラブ・ゴーヤルの方を「男性」、プリヤンカー・ソーナーワーネー・ヘーダウーの方を「女性」と書く。男性と女性は同じ会社に勤めており、大学時代から5年間、付き合っていた。二人の関係は両家の父親には秘密になっている。なぜなら、信仰する宗教が異なっており、しかも男性の父親は政治家で、息子が異宗教の女性と結婚するのに反対するのは火を見るより明らかだった。だが、女性の方は自分たちの仲を親に明かすように男性に言っていた。「家に言って」とはそういう意味である。
二人は週末、マーテーラーンで婚前旅行を楽しんでおり、映像に映し出されるのは、二人が一泊した後に森林の遊歩道で朝の散歩をしている様子である。二人の関係について、ナレーションやキャプションによる説明は一切なく、観客は会話の端々から二人がどういう関係でどういう人間なのかを読み取っていく。
その会話は非常に写実的なもので、現代のインド人若者が実際に会話をするような自然なやり取りがなされる。二人とも工科大学卒で教養があり、ヒンディー語と英語を行ったり来たりし、冗談を差し挟みつつ、会話を進めていく。女性は男性に、早く自分を親に紹介するように言い、男性は女性に、もう少し時間が欲しい、適切なタイミングを待ちたいと答える。
二人の仲が社会的に認められないものであることは徐々に分かってくるが、その詳細も会話の中からヒントを拾い出して推測するしかない。どうも男性の方がイスラーム教徒で、女性の方がヒンドゥー教徒のようだ。そして男性の父親が政治家ということは、イスラーム教徒を票田とする政党の政治家である可能性が高い。
女性は何とか男性に、今日中に家に自分のことを言うように持って行こうとするが、男性は話を逸らしてなかなかはっきりとそれを肯定しない。だが、女性が妊娠している可能性を指摘すると態度を変え、すぐにでも家に言うと言い出す。そして最後に女性の前に指輪を突き出して、プロポーズする。
そのままハッピーエンドかと思われたが、女性の携帯電話が鳴る。母親からの電話で、父親に二人の関係がばれてしまったと伝えられる。映画は、マーテーラーンの雄大なテーブルトップ・マウンテンが映し出されて終わる。
「Ghar Pe Bataao」の見所のひとつは、全編ワンショットで撮影されていることだ。「ワンカット」、「長回し」ともいう。たとえばアルフレッド・ヒッチコックの実験映画「ロープ」(1948年)は、擬似的にワンショットで撮られているが、実際には技術的な問題もあって、約10分ごとに切れ目があり、それらが継ぎ目が見えないように工夫して結び合わされていた。だが、「Ghar Pe Bataao」についてはそのような継ぎ目は全く見当たらず、本当にワンショットで撮影されていたと見ていいだろう。
上田慎一郎監督の「カメラを止めるな!」(2017年)は長時間のワンショットシーンが話題になったが、時間にすると37分間だった。ノルウェー映画「ウトヤ島、7月22日」(2018年)には72分間のワンカットシーンがあるが、これは「Ghar Pe Bataao」と同じ時間である。また、「1917 命をかけた伝令」(2019年)は、2時間のワンショット映画とされているが、実際には継ぎ目があり、完全なワンショット映画ではないことが明らかになっている。それらと比較して見ても、「Ghar Pe Bataao」の1時間12分ワンショットは、二人の俳優が会話をしながら遊歩道を行って帰ってくるだけとはいえ、世界的に見ても大きな挑戦だったといっていいだろう。
どうしても技術的な面にまず目が行ってしまうが、男女の会話のリアルさもこの映画の売りだ。5年間付き合ってきた男女が、1時間以上の会話の中で、かみ合わなかったり、すれ違ったり、またくっついたり、そして抱き合ったりと、その距離を頻繁に変えていく。宗教、カースト、出身地、言語など、人間と人間を分けるものは多いが、男性と女性ほど距離のある存在はないと改めて気付かされる。
「Ghar Pe Bataao」は、1時間12分の全編をワンショットで撮影した実験的な映画である。登場人物は二人のみ、男女の間で交わされる会話を中心に進んで行くが、そのやり取りはとてもリアルで、しかもアップダウンがあり、全く飽きない。優れた実験映画でもあり、またそれを差し引いても、娯楽映画として完成された作品だった。企画と脚本の勝利である。もちろん、1時間12分の長回しで演技をし切った主演の二人にも賞賛を送りたい。